2014年4月30日水曜日

知覧特攻平和会館

1日休暇をとって、初めて鹿児島に行ってきました。

お目当ては、薩摩半島南部にある知覧の特攻平和会館。

知覧といえば特攻隊。

ところが知覧は、武家屋敷が保存されている緑あふれる場所でした。

特攻平和会館のかなり手前から石灯籠が連なり、身が引き締まります。

特攻平和会館前の石灯籠

会館手前には三角兵舎という特攻隊員の宿舎があり、隊員はここで最後の2~3日を過ごしたそうです。

隊員の遺書が展示されている場所では、あちこちから鼻をすする音が聞こえてきました。

「特攻隊員は飛行機に縛り付けられていたのではないか」という質問がきている、という声が聞こえました。

外国人を案内しているガイドが会館の人に事実確認をしていたのです。

自ら死にゆく若者がいたことが、外国人には信じられないのでしょう。

小学生が折った千羽鶴に、特攻隊員の犠牲の上に今の日本があるということを忘れません、と書かれてありました。

若い人には是非訪れてもらいたい場所です。

2014年4月21日月曜日

両国「かどや」

恒例の年度初めオフサイト マネジメント ミーティング後の懇親会は、文久2年創業の両国「かどや」でした。
池波正太郎「鬼平犯科帳」の五鉄のモデルになった店で、池波ファンとしては一度は行かなければならない店。

秘伝の八丁味噌を使ったしゃも鍋で、満足度高。

しゃも鍋の材料、皮がツヤツヤ。


八丁味噌で煮た鍋、見た目ほどくどくない。


たまごかけごはんにかけた加古川の卵、めったにないほど新鮮。








鍋に入れたうどん、しゃものうま味がからんでつるっと一口。

文句のない店でしたが、一つ欠点はカードが使えないこと。

それにしても、働いた後の食事はおいしい!

2014年4月14日月曜日

樹齢2000年の桜

北杜市(山梨県北端)の樹齢2000年といわれる桜を見に行きました。

神々しいと言われる実相寺の神代桜です。

桜も人間と同じで、昔と比べると背が低くなり、痩せてきます。

枝は棒で支えられ、手当をされた箇所はギブスをはめているようです。

花は満開でしたが、花弁がみっしりとしていて、必死で咲いているように見えました。

人間も自分で食べられなくなったら胃に食物を流し込むための手術をすることがあります。

この桜も根の手当をしてもらって、土を変えてもらって生き延びています。

人間が管につながれて生き延びるよりはましかもしれませんが、この桜もいつまで頑張らなければならないのかと思いながらのお花見でした。

2014年4月7日月曜日

大阪

神戸のポートアイランドにオフィスを開設し、先日訪問してきました。

ついでに、前から一度なつかしい大阪に行きたいと言っていた母と大阪見物。

母にとっては道頓堀も心斎橋もなつかしい場所です。

それにしても、道頓堀の店の看板はどぎつい。

まぐろを握っている手のディスプレイとは。

大阪の街には、「奥ゆかしさ」という文化が稀薄なようです。

大阪出身者にあけっぴろげな人が多いのは当然ですね。

道頓堀から心斎橋に向かって歩きながら、もっと大阪出身の営業を増やしたら営業力アップにつながるかな、なんて考えていました。

そんなことを考えながら、母が子供の頃から食べていた甘いきつねうどんと夜は甘い関西風鰻を堪能した短い大阪滞在でした。

2014年3月31日月曜日

「あなたを抱きしめる日まで」

2013年度も無事終わり、すでに2014年度に入っています。

この喧騒のときに、ジュディ・ディンチ主演の映画を見に行きました。

アイルランドでの実話を基にしたものです。

主人公の名前はフィロミナ。

フィロミナは未婚の母になるためにカトリックの女子修道院に送られ、その後子供はアメリカに連れていかれてしまいました。

主婦となったフィロミナが、50年後に子供を探す旅に出るという映画です。

修道院のシスターたちは、フィロミナをふしだらな女性として最後まで赦しません。

そして、子供のことはわからないと嘘をつき続けたのです。

カトリックでは当時婚外婚で産まれた子供の人身売買が行われていたという説があります。

寄付という名目でお金は支払われたのでしょうが、今でも真実は闇の中です。

すべてがわかった後、フィロミナはシスターを「赦し」ました。

信仰は人をかたくなにもし、また優しくもしますが、信仰のあり方が問われる映画でした。

2014年3月26日水曜日

『命もいらず、名もいらず』

山本謙一著『命もいらず、名もいらず』は、明治維新陰の立役者山岡鉄舟についての本です。

合気道をやっていた頃に、藤平光一に興味をもち、この人の師小倉鉄樹(画家小倉遊亀の夫)を知り、この人の師山岡鉄舟に辿りつきました。

『命もいらず、名もいらず』には、私にとって人生の指針となる言葉が詰まっています。

以下がその一部で、括弧の中は私の短いコメントです。

「われの思うわれと、人の思うわれは違うもの」(誤解されていると思うときはこの言葉を)

「おのれを厳しく鍛錬することで、人格の芯が磨かれている」(こうありたい)

「人というものは骸骨にすぎぬ」(厭な人に逆らえないときにこう思えば気も晴れる)

「死ぬまでは、生きる。それも、とことん本気で懸命に生きる」(今後の人生の指針)

「世の中には、いくら知恵をめぐらせ、手を打っても、どうにもならぬことがある。辛さを辛さとして噛みしめなければならないことがある」(ときには耐えなければ)

まだまだありますが、どの言葉も時々思いだすようにしています。

2014年3月18日火曜日

研究不正


「日本のリケジョ快挙」というブログを掲載したのが2月第1週。

あれから2カ月もたたないのに、STAP細胞の存在すら疑われていて、中身は空。

小保方さんを絶賛した人たちのブログがそっと消されているそうです。

あの時点では日本中が喜びに湧き、今日の事態を誰も予測できなかったのに、どうして消すのでしょう。

それにしても、小保方さんのみが矢面に立たされている気がします。

日本人研究者への信頼がかかっているのです。

一人の研究者にすべての責任を負わせ、犠牲者にして終わり、というわけにはいきません。